« 因島旅行記 | トップページ | ラヴ・E・メール・フロム・1999 »

2013年11月10日 (日)

軍艦島

10月27日に軍艦島(正式名称・端島)に行ってきました。

端島は、長崎港から南西に約19kmの沖合いにあり、南北に約480m、東西に約160m、周囲約1,200m、面積約63,000平方メートルという小さな島です。海底炭鉱の島で、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並んでいる外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

出炭量が増加するにつれて人口が増加し、最盛期には当時の東京の9倍もの人口密度に達しました。エネルギー革命によってエネルギーの需要が石炭から石油に移ったことで、出炭量も人口も徐々に減少し、1974年1月の閉山後に無人島になりました。

長い間眠りについていた端島ですが、2009年1月5日に世界遺産暫定リストに「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして掲載され、また新しい歴史を刻み始めています。その2009年には見学区域に上陸できるようになり、今では多くの観光客が訪れています。

眠りについていた35年の間に建物は老朽化し、約半数の建物は崩壊しました。
元島民は故郷に帰ることはできず、故郷が廃墟になっていくのを遠くから眺めることしかできません。

今回、友達と二人で軍艦島に行ってきました。
私は長崎に住み始めてから軍艦島に興味を持ち、ずっと行ってみたいと思っていたんです。
友達はB'zファンで、4年前にB'zのMV撮影が軍艦島で行われたので行ってみたかったそうです。

現在軍艦島ツアーを行っている会社は4社あり、それぞれ特色があります。
大人数のツアーだと船の乗り降りに時間がかかり、ゆっくり上陸ができないと思ったので、私たちは小さい船で40人ぐらいの比較的少人数のツアーを選びました。
ちょうどいい人数のためスムーズに乗り降りができ、上陸してからはガイドさん(元島民)の話をしっかりと聞くことができました。

長崎港から高速船で約45分で、軍艦島に着きました。

Img_2360_2

桟橋に着いていた他社の船が出て行った後、私たちが上陸しました。

Img_2362

指定された3ヶ所の見学広場をまわっていきました。
上陸が解禁された頃の見学広場は5ヶ所ありましたが、見られる範囲は年々狭くなっているようです。

Img_2363

鉱山の中枢だった総合事務所はレンガ造りの建物です。この周辺にあった建物のほとんどが崩壊しています。

Img_2365_2

主力坑だった第二堅坑坑口桟橋跡。鉱山施設は現在ほとんど崩壊していますが、第二堅坑に行くための桟橋への昇降階段部分は、かろうじて残っています。昔は男性たちがこの階段を下りて坑内に向かいました。

Img_2368

1916年(大正5年)に建てられた30号アパート(右側)は、日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造りの高層アパートと言われています。狭い島で多くの人が生活するため、たくさんの高層集合住宅が建設されました。

Img_2377

貯炭ベルトコンベアーと端島小中学校です。ベルトコンベアーは、その支柱が残るのみです。学校の屋根が崩壊するのは時間の問題で、もしかしたら7階建ての建物が数年後には6階建てになっているかもしれません。

Img_2380

上陸した後は、船で島の周りをまわりました。
船に乗って、島の桟橋とは反対側に行きました。

Img_2384

建物が密集している区域は危険なので、船から見ることしかできません。

Img_2385

建物に西日が当たって輝いて見えます。

Img_2387

軍艦島が軍艦に見える場所から撮った写真です。
もっと外が暗くて建物が真っ黒に見える時間に、もう少し角度を変えて撮ると、より軍艦らしく見えるんだと思います。

長崎港に戻る時、船内のスクリーンにB'zの「MY LONELY TOWN」のMVが流れました。
軍艦島で撮影された映像とカッコいい曲に釘付けになりました。

最後に上陸記念証明書と石炭をもらいました。

Img_2394

初めて石炭を見ました。

数年前に初めて軍艦島の存在を知った時は「廃墟マニアが行く場所なのかな?」と思っていましたが、実際に行って島の歴史や人々の生活を知り、興味深い島だと思いました。

元島民のガイドさんの話を聞いて、色々と考えました。
通称は軍艦島だけど、元島民の方にとってはずっと端島なんだよなーとか、
エネルギー政策って今も昔も色んな人を巻き込んでいるんだなーとか、
一言で廃墟と表現してしまうと元島民の方に対して失礼なのかなーとか。

ガイドさんの「この島はある意味で日本の時代の最先端だった。今の姿は将来の日本の姿なのかもしれない。」というという話が印象に残りました。
確かに、今もエネルギー問題は国の重要な問題です。日本が将来このような廃墟にならないことを祈ります。

あと、印象に残ったのは高波の話です。
端島は常に高波の被害を受けてきました。特に、台風の時の高波は想像を絶するものでした。
実はこの島、鉱山を守るようにしてアパートが建てられているんです。ガイドさんが、高波がアパートに襲いかかっている写真を見せてくれました。
国の重要度は人命よりも資源の方が上だったということがわかりました。

「軍艦島の歴史や生活を正しく理解してほしい」という思いからなのか、ツアー前半はかなり真面目な雰囲気で、ガイドさんの話の内容は切実な感じでしたが、後半はジョークを交えながらの楽しい説明でした。

昔の写真や映像を観た印象では、島の暮らしは想像以上に賑やかだったようです。
端島には学校や病院、商店以外にも、映画館やパチンコ、クラブなどの娯楽施設がそろっていたと知り、驚きました。

軍艦島について色んなことを知れば知るほど、どんどんハマっていきそうです。
「HASHIMA-軍艦島2010-」というDVDを買うか本気で迷っています。

Bythrsuceaepy0p

先日B'zの「MY LONELY TOWN」のCDを買いました。
4年前にリリースされたものなんですが、初回盤(DVD付き)が手に入りました!
これで何回でも軍艦島で撮影されたMVが観られます!!
写真の通りジャケットも軍艦島です。

私が長崎に住んでいる間に軍艦島に行けて本当に良かったです。
軍艦島を世界遺産にしようとしている動きがありますが、島を開発するかどうかなど難しいことが多いと思います。でも、このまま軍艦島が崩壊してなくなってしまうのもなんだか寂しいです。

九州には、かつて炭鉱で栄えた街が多くあります。
繁栄して衰退して…っていうのを考えると、色々な感情が湧いてきます。

(この記事を書く上で軍艦島のパンフレットを参考にしました)

|

« 因島旅行記 | トップページ | ラヴ・E・メール・フロム・1999 »

日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1339226/53881878

この記事へのトラックバック一覧です: 軍艦島:

« 因島旅行記 | トップページ | ラヴ・E・メール・フロム・1999 »